十五夜とカモミール。
好きでよく飲むカモミールティー。
落ち着きたいとき、落ち着くべきとき。そんなときよく飲むカモミール。
黄金色の液体から沸き立つ湯気が季節の変わり目をぼんやりと教えている。
そんな日の帰り道、見上げた夜空に浮かぶ、中秋の名月。
十五夜の月を見て、僕らはいったいなにを思う。
昔の自分だろうか? 片思いのあの人だろうか? 大切なだれかだろうか?
平安時代の貴族たちは同じ月を見てなにを思ったのだろう? スティーブ・ジョブズやハワード・シュルツはなにを思ったのだろう?
サマセット・モームやトルーマン・カポーティはなにを思ったのだろうか?
彼らやあなたが感じたその気持ち。それと同じ気持ちを感じるような物語を僕は書きたい。
まるで素数みたいにうまく割り切れない気持ちや、ひと言では言い表せない思い。そういったものが詰まっている物語を僕は書きたい。
(カナダで撮った月の写真)
そんな月と地球はいつも等距離恋愛。お互い近づくことも、触れ合うことも許されないけれど、きっと常にお互いの存在を意識している。そういうふたりの小説を、僕は書きたい。
昼間は太陽の光でその存在が見えないけれど、夜になればその明かりで地球上を照らす、そんな「月のような文章」を僕は書きたい。
まだ比喩の能力も低し、語彙(ごい)だって足りていない。稚拙(ちせつ)な文章を綴ることも少なくないけれど、僕はいつも「そこ」を目指している。
荒波のなか難破しかけた船がひとつの灯台を目指すように、夜の砂漠で旅人がひとつの星を目印に進むように、僕はいつもそんなものを目指して文章を書いている。
あてどなくさまよって行き着いた先は、結局「もといた場所」だったりする。
それはちょうど、太陽の周りを一周する天体のように。それはちょうど、地球の周りを一周する月のように。
それでもきっと、もとあった自分とは違う姿になっているはず。
そして僕はそんなふうにぐるりとまわってもとの場所に返ってくるような、そんな大きな小説をいつか書きたい。
十五夜の月夜と黄金色のカモミール。湯気はとっくに消えて、空気に帰ってしまった、ひとりの夜。(Essay 12 おわり)
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