イチャつくカップルと執筆と。
ハルキ君が『ノルウェイの森』をヨーロッパで書いていたとき、彼は大学ノートとボールペンを使って、
ギリシャの各地のテーブルや空港の待合室、フェリーの座席や公園の日陰でそれを書いていたそうです。
なかには安ホテルの机に向かって推敲(すいこう)をしている最中に薄壁の向こうでカップルが「盛大に」夜の営みを繰り広げていて、めげそうになったこともあったようです。
ひるがえって、僕の場合。
僕が書く場所はいつも決まって自分の部屋の机でした。2017年4月、僕は万年筆(LAMY : 2,000円)とノートを使って長編を書きはじめました。
そこは潮風が香るフェリーの客席でもないし、安定感に欠けるカフェのテーブルでもありません。気づいたいら日なたになってしまっている公園の一画でもない。
しかしながら僕も、ハルキ君と同じように騒音にはずいぶんと悩まされました。
4月末に僕が長編を書きはじめたのと同じころ、隣の空き地のマンション建設が本格化しました。
なにかをトンカンする音や現場の人たちの怒鳴り声。資材を運ぶ音や彼らが休憩中に吸う煙草の煙。それらの「音や匂い」は窓を閉めれば防げるんですが、「振動」はそうもいきません。
途中、僕の部屋のすぐそばの外壁が毎日グラインダーでゴリゴリと削られたことがありました。
映画『ジュラシック・パーク』の恐竜が登場するシーンでコップに入った水の液面が振動する場面がありますよね?
工事の振動で僕の机にあったコーヒーの液面は不吉なほどに揺れていました。誇張でもなんでもなく、ほんとうにプルプルと揺れていました。こうなるともう本当にめげてきます。
それはまだ僕が長編を書きはじめて間もない時期だったため、「お前には本当に書く気があるのか?」と日々試されている気持ちになったものです。
それでも僕は「春樹さんは隣でカップルがイチャついても書いたんだ。これくらいの振動に負けてたまるか」と自分に言い聞かせながら、毎日決めた分量をなんとか書き続けました。
でもヘミング・ウェイみたいに銃弾が飛び交う戦地で小説を書くようなことは、僕には到底できっこありません。
それなら隣でカップルが事に挑んでいたらどうか? うーん、きっと無理ですね。そんな状況になったら途中でペンを置いて壁に耳を当てて、、。だめだ、この話はやめましょう。
待て待て、性描写には案外役に立つのかも? なんてくだらないことを考えている僕なのでした。やれやれ。(Essay 15 おわり)
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